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長崎地方裁判所 昭和32年(わ)541号 判決 1958年5月13日

被告人

森正一こと朴仁石

主文

被告人を懲役六月に処する。

未決勾留日数中百日を右本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、退去強制令書によつて昭和三十二年三月十二日から大村入国者収容所に身柄を拘束されている者であるが、同年十月三十一日午前十時四十分頃、眼病治療のため、入国警備官森永滋等護送のもとに大村市松並町大村市立病院に赴き待合わせ中、右森永警備官等の監視の隙をうかがい、右病院便所窓から逃走したものである。

(証拠の標目・前科)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は出入国管理令第七十二条第一号に該当するので懲役刑を選択するが,被告人には前示前科があるから、刑法第五十六条第一項第五十七条により、右懲役刑に再犯加重をした刑期範囲内で被告人を懲役六月に処し、同法第二十一条を適用して未決勾留日数中百日を右本刑に算入し、なお、訴訟費用については、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書にのつとり、全部被告人に負担させないこととする。

(なお、被告人は、「自分は日本人であるから、出入国管理令違反とはならない。」と主張し、かつ、弁解するので、この点について考察する。出入国管理令第七十二条第一号には、単に「収容令書又は退去強制令書によつて身柄を拘束されている者で逃走したもの」と規定されていだけであるから、同条項自体の構成要件としては、(1)被告人が収容令書又は退去強制令書によつて身柄を拘束されていること、(2)被告人が右拘束中逃走したことをもつて足り、被告人が外国人たることは該構成要件には属しないものと解するを相当とする。従つて、いやしくも退去強制令書によつて適法に身柄を拘束された以上、被拘束者が右拘束を脱して逃走すれば、その国籍の如何を問わずして出入国管理令第七十二条第一号違反の罪が成立するのである。被拘束者において真に日本人であることを主張し合法的に右拘束からの解放を求めようとするのならば、まず、就籍許可の審判を求めるなり、日本国籍存在確認の訴を起して勝訴の判決を得た上ですべきである。なるほど、東京家庭裁判所昭和三十一年(家)第一一、一八四号就籍許可申立事件昭和三十二年三月一日付同家庭裁判所審判書の写並びに東京入国管理事務所長作成の「韓国人朴仁石の関係記録送付について」と題する書面(口頭審理調書謄本、判定書写、異議申立書写各一通添付)によれば、被告人は、一方、家庭裁判所に対して就籍許可の申立をするとともに、他方、本件退去強制手続につき異議の申立をしたことが認められるが、しかし、いずれも却下されたことも認められる。しかも、他に、被告人が日本国籍を取得したことを認めるに足る証拠もないので、いずれにしても被告人の主張は理由がないものというべきである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 関口文吉)

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